りんごの名産地 長野県中野市が生んだ
りんご育種の天才
吉家一雄さんの赤肉りんご
いろどり なかののきらめき ムーンルージュ

赤肉りんごというと酸が強く、苦味も強いため、生食にむく品種はなく、観賞用と加工用にとどまっていたところを、食味の良い赤肉りんごを作ろうと一念発起し、今では数々の甘くて美味しい赤肉りんご品種の育種に成功し、海外でもその味が評価されている、天才育種家が長野県中野市の吉家一雄(よしいえ かずお)さんです。
赤肉りんご育種のキッカケは他にはない 美しい赤い断面

育種者である吉家さんは高校時代に生物部で遺伝と色素の研究をしていた時から、育種に興味を持ち始めました。農業大学校に進学し、いろいろな品種のりんごを目するようになりますが、その中でも断面が鮮やかな赤肉りんごが強烈なインパクトを吉家さんに与えました。
海外の赤肉りんごはその当時すでにありましたが、酸と苦味が強く生食向きの品種は一つもありませんでした。そこで、吉家さんは「美味しいものがないのであれば、自分で作ればいい。」と大学卒業後、家業を継ぎ、2.5ヘクタールの広大な畑で品種開発を始めることになりました。
1994年頃から赤肉りんごの交配を始め、20年以上もの歳月を費やし、ついに生食用の赤肉りんご品種『いろどり』が誕生することとなります。
豆知識:なんで果肉が赤くなるの?
りんごと言えば赤い果皮ですが、皮には天然の赤色色素であるポリフェノールの一種「アントシアニン」が含まれています。一般的なりんごには皮部分のみにあるのですが、このりんごに元々含まれている赤色の遺伝子が交配の過程で果肉にも入ることで、赤肉りんごが生まれます。吉家さんの赤肉りんごには果肉の部分にもアントシアニンが含まれているので、抗酸化作用があるアントシアニンを摂取できるのも赤肉りんごの魅力の1つです。
高糖度で酸味とのバランスが良い、美味しい赤肉りんご

個人育種家だからこそのスピード感で多くの赤肉品種の育種に成功している吉家さんですが、その中でもメインの品種はこちらの3種になります。
- 『いろどり』 紅玉×ピンクパール
赤い果皮で蜜が入る品種。吉家さんが最初に育種に成功した品種でもあり、酸に負けない糖度の高さと緻密な肉質が魅力。 - 『なかののきらめき』 いろどり×王林
果皮は黄緑色で紅も少し差す、蜜入りがなく、海外でも評価の高い品種。生食だけではなく加工にも向く万能品種。 - 『ムーンルージュ』 いろどり×ふじ
果皮は黄色で紅が差すのでグラデーションが美しく、蜜が入る品種。シャキッとした肉質と、ふじ由来の高糖度な果汁が人気。
一番初めに育種に成功した『いろどり』は果皮も赤色で、蜜が入り、糖酸のバランスも良く、果肉もシャキッと固い肉質の優良品種です。
そのあとに、いろどりを親に人気品種である「王林」と「ふじ」を掛け合わせて『なかののきらめき』と『ムーンルージュ』が誕生しました。ともに果皮は黄色で、紅が入るため、紅葉のようなグラデーションが美しいです。
『ムーンルージュ』はふじ由来の糖度の高さでコクのある甘い果汁を楽しむことができ、蜜も入るので、生食人気が非常に高いです。
これらの他にも『なかの真紅』、『炎舞(えんぶ)』、『冬彩華(とうさいか)』、『星のスパイス』、『ポッピンルージュ』など次々と赤肉りんごのバラエティーを増やしています。
世界中で栽培が始まっている吉家さんの赤肉りんご

そして、吉家さんの赤肉りんごは国内だけでなく、なんと世界レベルで認められおり、世界中で栽培が始まっています。
蜜入りが敬遠され、日本と比較すると酸味への抵抗感がない欧米諸国では『なかののきらめき』の人気が高く、アメリカやイギリス、オーストラリアでの試験栽培を経て、世界8ヶ国(アメリカ、イギリス、オランダ、スイス、ニュージーランド、オーストラリア、南アフリカ、チリ)で現在栽培が進められていて、これから各国で収穫が予定されています。
一方で、蜜入りが好まれ、日本に近い味覚を持つアジア諸国では『いろどり』や『炎舞』、『ムーンルージュ』が出回り始めています。
「日本ではもう何十年も「ふじ」一強ですが、日本以上にりんごを日々食べる世界的な視点から見れば赤肉りんごの需要は非常に高まっていて、"red love"や"hidden rose"などの赤肉りんごの認知度が年々高まっています。」
と、世界は大きく変わっているのに日本の変わらないりんご市場に吉家さんは危機感を感じながらも、将来の野望を語ってくださいました。
「こうした動きを鑑み、果肉が赤く美味しいりんごは世界的には当たり前になりつつあるので、断面が花柄になる品種や、8〜10月の時期に収穫できる早生品種や果肉全部が赤い品種など、次なる育種に取り組んでいます。」
国内では個人生産者の方々や、地元であるJA中野市から『いろどり』、『なかののきらめき』、『ムーンルージュ』が商業栽培されており、11月上旬から出荷が始まるので、是非一度シャキッと甘い赤肉りんごの美味しさをお試しください。
文:(株)食文化 冲田 篤史