東京から南へ358㎞
太古を思わせる島に残る
香り高い伝統的な焼酎
青酎
青酎・あおちゅうとは、青ヶ島で作られる焼酎の事です。
なんだそれだけかと思わないでください。この島の太古を思わせるような原生林茂る環境も、そこに残る焼酎の製造方法も異質で、今の日本では他に味わう事のできない焼酎を作り出しています。
この青酎の最大の魅力は、花の蜜やフルーツのような素晴らしい香りです。その今の芋や麦の焼酎とはかけ離れた香りの成分は、自然界にある数種類の麹と酵母から生み出されます。
伊豆最南端の島に残った
歴史ある蒸留法「どんぶり仕込み」
青ヶ島の焼酎の製造方法は、いくぶん現代風な機械になっているものの、蒸留酒が生まれた12世紀ごろの中国やアジアの方法と基本的には変わっていません。
現代では麹と水で酒母を作ってから、主原料と水を加える2段階仕込みがほとんどですが、あおちゅうは自然界にある麹菌で種麹を作り、それをそのまま主原料と混ぜて時間をかけて焼酎にする、通称「どんぶり仕込み」という大胆な方法をとっています。
実は、1900年頃まではこの作り方が主流でした。しかし戦後の財政難の中で税収を酒に求めた政府は、効率の良い製造方法を支援し、九州・鹿児島を中心として蒸留方法が進化していきます。段々と巨大になっていった蒸留機や蒸留所の生産性は高まり、庶民においしく安い焼酎が広まったのは良いのですが、最新の蒸留方法で作られた焼酎はクセも個性もなくなっていきます。
日本本土から遠く離れた青ヶ島はそんな時代の流れの中でも、昔ながらの作り方が奇跡的に残り、今に受け継がれているのです。
プツプツと泡立ち発酵が行われています。どんぶり仕込みだと通常の焼酎造りと比べて10日ほど長い時間がかかります。
野生の麹と、蔵付きの酵母が作る
あおちゅうの味と香り
特に特徴的なのが「麹」です。
現代の焼酎は、焼酎用に改良された黒麹・白麹、あるいは麹の中では歴史ある黄麹を、麦や米やイモなどに付け、それを主原料たるものと混ぜ合わせて焼酎にします。これは日本酒も大体一緒です。
あおちゅうのタンクです。
左下が協会の黒麹で作ったもので、その他は自然麹のあおちゅうです。様々な麹が混ざっているのでタンクによって色が明らかに違います。
あおちゅうの麹付けは「野生の麹」が天から舞い降りるのを待ちます。
この方法だと空気中の麹菌が数種類入り、どの菌が増えたかによって毎年味わいが変わるのです。ワインのように。なので、蒸留年によって飲み比べてみるとか、あるいはさらに熟成させて変化を楽しむことができます。
元となる穀物に天から菌が舞い降りたら、酒母を作ることなく主原料のイモと合わせ、段階を踏まず一気に焼酎を仕上げます。この方法だと原料が発酵し蒸留され焼酎になるまで時間がかかるのですが、その分味わい深い焼酎になります。
約170人の島に8人もの杜氏
各家庭の味が青酎の原点
そして、さらに驚くべき事に、人口170人程度しかいない本当に小さな小さなこの島に、杜氏(お酒を造る人)がなんと8人もいます。
青ヶ島は本土から358kmという遠さに加え、島への就航率は50%以下という環境なので、人も物も簡単にはこの島に足を踏み入れる事ができません。今ですらそうなのですから、焼酎が伝わった19世紀の中頃は尚更でしょう。
青ヶ島の島民はなんとか焼酎を飲みたいと思い各家庭で手作りすることになります。その味が受け継がれ今の味になったのが青酎・あおちゅうです。それゆえにこの小さな島で多様な焼酎の味を楽しむ事ができるのです。
杜氏のなかで唯一製麹の機械を使って製造
新時代の青酎を作る荒井清さん
青酎も進化をしています。
青酎のラインナップの中には、漢字で「青酎」と書かれたものと、ひらがなで「あおちゅう」と書かれたものがあります。この漢字の青酎を作っている荒井清さんは、島で唯一白麹を元に機械を使って近代的な方法で焼酎を作ります。
荒井さんの青酎は、あおちゅうの個性でもあり雑味とも言える部分が、ほどよくそぎ落とされ、香りの素晴らしさは残し、熟成によりコクとまろやかさが加わった新時代の青酎です。自然酵母のあおちゅうはワインのように毎年の味の違いを楽しめるのに対し、荒井さんの青酎はいつでもおいしい安定した味を楽しむ事ができます。ビギナーはまずはこちらから試すのも良いと思います。
あなたのお好みの青酎はどれ?
定員9人のヘリコプターに乗って、青ヶ島までやってきました。青酎・あおちゅうの試飲をさせていただいたり、地元の方々と楽しい時を過ごしました。冒頭の写真の二重カルデラは一度は見て欲しいとても神秘的なスポットです。 なかなか行くことができない青ヶ島ですが、ぜひこの青酎・あおちゅうで旅気分を味わってください。
文:井上真一