日本最南端の天然醸造蔵元
津奈木町の「亀萬酒造」
中尾水源の天然水で作った「氷」を
利用して作られる、
「南端氷仕込み」の日本酒をどうぞ
2022年、亀萬酒造の2種類の日本酒がフランスと日本のコンクールで受賞しました。その1つが今回販売することになった「純米吟醸種 萬坊(まんぼう)」です。フランスで開かれた、日本酒コンクール「Kura Master」でプラチナ賞に輝きました。日本酒は全国に1400以上の蔵があり、1万以上の銘柄があります。
麹菌、乳酸菌、酵母菌の3種類の微生物を活かし造られる日本酒は銘柄ごとに個性が変わり、それはその酒が生まれた自然環境の特徴を持ちます。流通ネットワークや設備が整い1年を通じて酒造りを行う、近代化された酒蔵も増えていますが、それでも「日本酒本来の持ち味」は、人間がコントロールしきれない自然の影響を大きく受けているところにあると思います。
日本最南端のテロワール(地域が生み出す特徴)を感じる、熊本県津奈木町・亀萬酒造、天然醸造の日本酒です。
氷を使った、
亀萬酒造独自の製法
「南端氷仕込み」
日本酒造りは麹や酵母・乳酸菌の力を使って酛(もと)や酒母(しゅぼ)と呼ばれる、その名の通り日本酒造りの元となるものを作った後、米・麹・水を3段階に分けて加え、2週間強かけ徐々に量を増やしていく「三段仕込み」という方法で行われます。
最終的にできたものを「もろみ」と呼び、ここから20日から35日かけ(お酒の種類によってはそれ以上)発酵を進めていきます。この時の理想的な温度は5〜7度です。
東北や日本海側の地域は冬には自然とこの温度を下回りますが、熊本県は冬でも気温が高く外気が10度を超えることも珍しくありません。
そういった背景もあり九州南部では日本酒ではなく焼酎造りを中心に行われてきた歴史があります。しかし日本人は日本酒を好むもの。そこで、亀萬酒造初代当主・竹田珍珠は、氷を使った独自の酒造り「南端氷仕込み」を考案します。
南端氷仕込みとは、仕込みの最終段階で水の代わりに氷を使う製法です。あらかじめ天然水で氷を作り箱に詰めておきます。1箱15kgにもなる氷をはしごを使って巨大なタンクの上まで持ち上げ投げ入れます。想像以上に重労働です。
もろみは高温の方が早く発酵が進みます。温度を高くし短時間で発酵が進めた酒は、甘くずっしりとします。温度を下げ長時間かけて発酵させるとスッキリとした雑味の無い辛めの酒になります。
氷を使うことによって発酵時間を管理し、亀萬酒造が目指す理想の味わいに近づけていきます。
創業は1916年(大正5年)
元は医者だった、
初代当主「竹田珍珠」
亀萬酒造の創業は1916年。竹田家は代々医者の家系でしたが、創業者の竹田珍珠は治療代として納められていた米を日本酒にすることを考えつきます。当時、竹田珍珠と2代目の典治が頭を悩ませたのが「水」の問題と、「発酵温度」の問題でした。
温度の問題は前述の通り、氷を使った方法が考案されましたが、それ以前にその氷にも使われる水の確保をどうするか?亀萬酒造の敷地内は日本酒には不向きとされる鉄分を含んだ水しか湧き出で来ず、良質な水の確保が最大の課題でした。
そこで見つけ出したのが、名水溢れる熊本の名水百選にも選ばれる、中尾水源の天然水でした。
津奈木の湧き水と、その水で
育てられた米を使う
中尾水源は、木立に囲まれた静寂の中にある源流で、津奈木町の人々の生活用水として利用されている地域に根付いた天然水です。この水は軟水で酒造りには最適でした。 日本酒の成分の8割は水です。仕込みだけではなく、洗米・浸漬などさまざまなところに水は使用され、日本酒は水の影響を大きく受けます。
津奈木のテロワールを
4代目竹田瑠典が目指す酒
亀萬酒造の4代目、竹田瑠典さんは自身の創る日本酒に2つの目指す姿があります。「テロワール(地域が生み出す特徴)を感じることと、さまざまな食材に合わせること」です。テロワールとは酒造りにおいて非常に重要な概念です。テロワールは葡萄の品種が質を変えるワインで使われる事が多く、土・気候・地形になど作物に影響与える「生育環境」のことを言います。
日本酒造りにおいては、水と米がそれにあたります。そしてさらに菌という生き物が加わります。今では日本醸造協会が菌を管理していますが、元々は蔵によって異なる日本酒のテロワールを感じさせられるものでした。
「テロワールを考える上で大事なポイントは、人がコントロールしきれない自然の恩恵で生まれる味ということだと思うんです」と瑠典さんは言います。その上で、「その自然を受け入れ、挑み、様々な食事に合わせた理想の日本酒を創り上げること」が、4代目の目指す酒造りです。
亀萬酒造の
代表的な酒「萬坊」は、
この地域のテロワールを
感じさせる日本酒です。
全国的にも珍しい環境配慮型まちづくりを牽引する、津奈木町の隣に位置する水俣市。水俣市のベテラン農家の福山幹雄さんが農薬や除草剤を使わずに作ったアイガモ農法栽培酒米「華錦」を主原料に用います。
この米を55%まで磨き上げ、熊本酵母と中尾水源の天然水で醸します。すっきりとした飲み心地、吟醸香がほのかに香り、後味のふくらみのびがある日本酒です。
亀萬が目指す、食中酒の頂点「plus9」は、
竹田瑠典さんが作り出した傑作です。
亀萬史上最高の日本酒度+9という辛口でありながら、 亀萬らしい力強い旨みも感じられるお酒です。酵母には「熊本9号酵母」を使います。この味を生み出すために、35日という長い時間かけゆっくりと発酵させました。スッキリとした雑味の無い味は、この地域で水揚げされる太刀魚などのお刺身とよく合います。
取材当日は、東京の荒木町に
ある星付きの割烹、
鈴なりの村田シェフと一緒に
見学させていただきました。
文・井上真一
写真・八木澤芳彦